suzukigives

このブログは概念的にクソです。

about

2015/06/21(Sun)00:44

suzukigives::http://suzukigiveup.blog.shinobi.jp/
Twitter    ::https://twitter.com/suzukiyou
bot      ::https://twitter.com/suzukiybot
Tumblr    ::http://suzukigelee.tumblr.com/
PR

about

No.2|aboutComment(1)Trackback(0)

――

2011/07/17(Sun)19:44

久しぶりに日記でも書くか!と思って書く。

とりあえず就活死ねって感じだ。カンジダ。Shit!FxxK!という表現を無理やり使って気炎を上げるとかする。社会クソだな!心底クズだ!具体的にはXX株式会社の人事が糞だ!日本語も理解出来ないんですかあーん?「きみは働くということがどういう事が考えたほうがいい!」(キリッ とかナンセンス!それは単にお前がわかってないことを分かっているかのように見せかけ、曖昧なまま権威論証しようとしてるだけだろ!論理を使え!って思う。論理的でない表現のまま曖昧にやってる社会とかクソですね。俺を論理的に打ち倒せよ!って反感を覚えるが、結局のところ就職できないので、はあクソどものクソ曖昧なクソ空気をクソ読んでいかなければならないのかとかクソ失望するけどクソにクソ食わされるクソ現実なんぞクソありきたりで今までもクソ味わってきたわけだ!クソ訓練してやるしクソをクソほどクソ殺してやる!訓化されてやる!という社会的態度だな。

まあそれはいいよどんだけ愚痴ったところでどうでもいい話だからだ。成長ではない。究極的には就職なんぞは俺の外在物に過ぎないという認識態度が問題なんだろうな。つまるところ言われているのは、「それを内在化しろ」で、だから俺は「内在化するための目的意識を共有させろ」というわけだよ。組織は目的意識によって駆動される。だからその核心をついてそれをのみ共有すればいい、という話になる。それを曖昧で輪郭のぼけたように感覚を吟味せずに居る社会なんぞは糞だ、という話ではあるが、まあどうせそんなの会社は考えないだろう。これからも変化しないだろうし、別に義理があってやるわけでもないから提言もしない。そんなこともわからないなら願い下げすべきなのだ、と俺は結論付けるが、それでは生きて行けないので俺を変化させるべきだ、と、なるな。まあいいのだよ。俺なぞいくら変えてもいいのだ、って俺がいうのは、多分嘘だろうが、まあ、他に方法がないからすべきなのだよ。俺は屈服させられて生きよう。それでいい。内在化物をエミュればいいだけの、話。

それはともかくとして、まあ、いや。やっぱり、どうでもいい。俺は悪くない、とか言うのがうんこなのはそうだ。確定的に形式に問題があるが、それはお前の責任でもない。だから別に責めない。どうでもいいのさ、そんなものは今更さ。どちらも悪くない、という了解のもと、両者が対等な立場でありうる、ということを認識させるというのが重要な条件だ。俺だけが悪いでは困るからな。ともに悪いかともにいいかのどちらかだろう。そのために「目的意識を共有させる」というのは正しい。両者が同意できるのはその程度の問題だからだ。そこからどういうふうに推論を発展させるかという技法を考察する必要がある。つまりそこでイニチアシブをとって、素敵な方針を打ち出せれば勝ちになる。それは両者の力が協調しなければ不可能でもあるというところから、そうだな、目的意識の共有の件に関しては、例えば、「御社の中で、意思疎通はどのように構成されているのか?経路は?会議はどれぐらいする?」とかいう発想がある。次に目的遂行。「ノルマはどうか?日にちごとか、週ごと、月、年の単位の方針はあるか?」とかそのへんだな。客商売であれば、「納期はどうなるんのか?それでどうするのが客にとって望ましいか?そのプロセスに独自のシステムなどはあるか?」など。あんまり華々しいことを聞く必要はないだろう。それよりも実際どういうふうに生活するか、ということを考えるべきだ。屈服させられるのは、曖昧さと権威論法のせいだ。それを殺していけば対等になり得る。

とりあえず就職のことまで。あと一つ大きな案件と、いつもどおりの細々した案件があるがそれはとりあえずのちにしよう。今はとりあえず日記書いて満足したのでやめる。

No.783|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/05/29(Sun)13:36

「こぶし流星群」

そうだ!
そうだ!
そうだ!
ながれてくる!

握りこぶしがながれてくる!
百億の握りこぶしがながれてくる!
どれもが節くれだった
岩のような荒々しさだ!
顔面を遠慮無く撫でまくり
ニキビをことごとく潰していった!

どこからとかそういうのはもうおそい!
そうだ!
チグリスからサイゴンへだ!
ドナウを流れる百億のこぶしだ!
鴨川だ!ナイルだ!ミシシッピーだ!
百億の挙手が議席を埋め尽くした!
総理も大統領ももみくちゃだ!
プレスリーもシュワルツェネッガーも関係なしだ!
ルイ十六世も聖徳太子も何もかもだ!
筋張った肉が鷲掴みにしていた!

何を!
水をだ!
土をだ!
鳥をだ!
人間をだ!
一切の権利をだ!

一つのこぶしが野うさぎを捕らえ
握りしめたこぶしが稲を刈り取った!
斧持つこぶしは家屋を打ち建てた!
そしていつまでも指をからませてきたこぶしたちだ!

愛しあうのだ!
離さないのだ!

そうだ!
握りこぶしは握っている!
握りこぶしには血がながれている!
ながれる握りこぶしには濁流のように血が!
ながれている!
ながれている!

あらゆる国のあらゆるこぶしが!
百億の指先が膨れ上がり炸裂した!
王国の誕生だ!
共和制の凱歌だ!
国が!
握りこぶしの国が!
ながれはじめているのだ!

今!
ながれてくる!
そうだ!
そうだ!


No.782|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/04/04(Mon)21:16

「深夜降り積もった春を私たちは嘘一枚隔ててさわる」

何かが嘘でした。三月の終わりの、明日は四月一日でエイプリルフールでどんな嘘が投げかわされるのか少しだけ楽しみで、そして大半はたいしたこともなく終わるような予感を抱きながら薄い毛布にくるまった夜なのかも知れず、そして深夜の地震にたたき起こされて廊下に出てみると隣人がぞろと鉄扉の間から現れて、人気のない住処の緑色のアパートのさびしさを布切れとかで満たしたようなことだったのかも知れません。うるさい幻聴であったり、空気の妙なぬるさと水っぽさだったり、あるいは先程から聞こえるわたしを呼ぶ声であったりしました。廊下の手すりからは人が自転車置き場と花壇のさかいめへ消えて行くのが見え、地震の揺れが収まると幻聴は消えましたが眠気は吹き飛んでしまっていて、もしもという人寂しさを、例えばコンビニにゴミ袋を買いに出かけようという嘘でだましている気分を垣間見つつ、ジャージの上に上着だけ着てサンダルを履いてふらふらと出かけてしまったのが嘘だったのか。財布の在り処さえあやふやな未明。何かは嘘だったのだけれど、先につかれた嘘が折れてしまっては今の状態だって嘘だということになって、ならば何もかもが嘘だった、ということになれば少し困ります。それはやはり、何かが嘘で、何かは嘘じゃなかったのだと思います。鍵をかけ忘れたみたいな心細さの鍵を撫でるように私は飛び出します。鍵はタンブラ。転ぶ人、宙返りする人。あるいはそれもまた嘘といって嘘にする感覚。

それは案の定嘘でありました。嘘を発覚するようなさもしさを心待ちにしているのはきっとぬるさでありましょう。何もかもが緩みきった口ぶりを引き締め直すうるささは声でした。うさぎを追いかけてふしぎの国に迷い込むといったあてつけを、私の幼稚さをくるしく煽っているとは決して言わない鳴き声とか何かそのへんの。嘘だから知らないといって私は乗りました。浮ついた気持ちで踏んだはずの階段は踏み外して落ちて、それでも大丈夫な気がしていたけれど、やはり身体の重さが消失するのは不思議なもので、落ちた先の小さな踊り場はやはり嘘だなあ、という非現実さが先立ってありました。そこはアパートの掲示板のあるところで、ゴミ箱には大量のダイレクトメールがあり、そして見知らぬ男女が缶ビールをあおっている花見の席でした。急に落ちてきた私のことを、ひさしぶり、と彼らは迎えました。やっぱり嘘だなぁと思った。駆けつけいっぱいに乗るのも一興かもしれません。彼らはしばらく大学やら仕事やらの話をしていましたので、いろいろな話を聞きました。だから私も嘘の名前を名乗って嘘のバイトの話をしました。嘘の彼氏の話や、嘘の食べ物の話をしましたが、そのどれもが本当のことを見抜けといっているような上ずりを有していて、あらら嘘が下手だなあと感じたけど、誰かが嘘だといえばそれは嘘になるのだから、いや踊り場でおどろうというような。数人の男達がギターを取り出して即興の演奏していました、彼らは階段の何段目かに座っていて、まるで上手な演奏をしているかのようなコード進行。まき散らかされた食べかすを踏んで、手を引かれて私は不器用に腰をくねらせました。夢なんだろうな、明日の朝起きれば布団の周りはもみくちゃだろうなとも思いながら、それを想像するとやはり私たちはなお激しく踊りました。

もしも嘘の痕が残るならば、その嘘は嘘としてその効能を果たしたことになります。散らかされたお菓子の、撒き散らされたビールの、かき鳴らされた弦の、それらが嘘であったことが嘘があったことの痕跡でした。それは事実的な嘘であるのでした。実験的な嘘でした。しかし嘘は嘘としてそれでいいのか、もしも消え去るものなのならば、証拠も残さず塵ひとつとして残さず消えたほうがいいのではと、私は問いました。それは自然な問いのように思いました。どうかな、あなたに任せるよ、嘘のあなたは本当のあなたとどう関係したいか、どう付き合うのかな、それは嘘だっていって感じてるあなたは僕たちにとっては嘘だとも思わないし思ってないからさ。まかせるし、知らない。私たちは何も知らないよ、嘘くさいだろうけど、ねえ、幻聴は良くなったかしら。嘘苦しさ、今なら嘘に酔っ掛かってもいい、おそろしくねむい人々をたやすく溶かしているなめらかで漠然としたなにかをなにかと言えばなにかになってしまうほどまろやかな、取り付く島もない肌触りです。ちょっとした緑茶をすすっている、その波紋さえ指パッチンで朝になるでしょう。おおきくふくらんだゴム風船を針先でパチンとやる、あるいは頬を撫でて起こす複雑さでした。そのあいまいでさくら色の球体は綿菓子のように繊維の絡み合っていて、触れば潰れてしまうようなか細さの中に連綿とした重なりがあります。アパートの廊下と階段をすれ違う深夜徘徊者たちの僅かな目配せを数え上げた労作かもしれないと思っているのが嘘なのでした。いまや胸をぽっかり開けてしまう悲しさの首を掴んでいるような気分です。私が私をうつろな感傷で満たすためのスイッチを手元に隠し持っている、それなら彼らも持っているはずでした、自殺するための踏み切り板を誰もが潜めているから、きっと私達のささやかな花見は嘘でした。そして私は一人、後ろ手で指を鳴らしました。もちろんそれも嘘だったから、私たちはくすくす笑いでもしたのでしょう。





一日で書いただけあって品質が低い。
推敲するに当たって、とりあえず三つの点を考える必要がある。
・論旨をはっきりさせぬまま書いた
・論旨の表現があいまいになっている
・論旨を叙述するためのモチーフを吟味していない
そのうち追記する。

No.780|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/03/14(Mon)23:58

生きている。まず祈る。次に悼む。話はそれあとではじめるとよいと思う。

被災され亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。被災された方へ、お見舞い申し上げます。

先に断っておくと、この日記には非常に個人的な感情を記すようにしている。それが問題のように思えたからだ。社会的にどうすべきかや、実際にどうすべきかについては、あまり考慮しない。そのへんの考えは外部委託することにしている。

揺れたときは眠っていたので気付かなかった。京都は深度4程度あったらしい。起きて荒川修作などを漁っていると、タイムラインで地震、東京の方はかなり揺れたという情報を見た。NHK。最初の報道では死者23人が報告されていた。宮城の津波のVTR。住宅が田畑の上を流されていく映像が、何度も何度も繰り返されていた。壊滅的被害とアナウンサーが言う。そのたびに死者が増加していった。子を探す父親。孫を抱く老女。赤ん坊のために皆が歩道橋の上から叫んだ。デマが乱れ飛ぶ。火柱の燃える製鉄所。気仙沼の大火災。街のあらゆる通りに水が押し寄せ、車が河川に流される。原発の燃料が冷やせない。都会の停電。死体が数百もの単位で見つかる。それらの情報を、すべて画面越しに知る。

東日本大震災、とその地震は名付けられたと言う。人の死に触れるのは、触覚に拠る。誰かが死んだ。名前も知らぬ人々が死んだ。なにによって殺されたのかはとんと見当もつかない。流された人間。潰された人間の死骸。それは単に地震によって死んだ。単に。どんな気分で書けばいいのだ。

単にとはなんなのか。壊滅的な、壊滅的なそれを前にして何もかもが役に立たない、とやけっぱちで、潰れてしまうのが簡単なんだ。それは単に地震だった。単なる地震が人々を殺し尽くしたのだと思う。言いようが見つからない。壊滅的なそれに対して、どう受け取るのが実際的なのか考えていた。単に、と矮小化して数字の上で判定を下すべきなのかどうかすら迷う。壊滅的なそれの圧倒的な理不尽さを浴びて力なく憤慨しようとしても立ち消えする。実際に出来ることを、そう例えば金で、金で解決するようなそれも今となっては逃避に思えた。普段どおりの自分なら、全部やる、と答えるはずだった。できないのだ。そんなにおおくのことは俺にはできないのだ!そんな多くの人間が死に、そんな多くの人間が負傷し、そんなにも多くの人間が関わるこの壊滅的なそれに、孤独感を感じている。恐るべし無力さだった。

俺は被災しなかった。俺の知人も被災しなかった。東京の人間はいる。それでも死んでなかったし怪我もなかった。惨状を思えば、俺が当事者ではないということが非常につらくある、というのは軽率かもしれない。それほど重い。壊滅的だった。出来ることなら俺は被災者でありたかった。被災者なら、否応なくそれに関わる。被災者でないから関わることは出来ないのに、関わろうとしたいとすら思っていた。なにかがおかしいのだ。いつもの状態から言えば、これはいつもの自分ではない。軽く、鼻で笑うのが適当なのだ。いつもそうしてきたし、そうであるようにもしてきた。

そのような不可解さを自分の中に感じ、助けあうのをみなが当然のように肯定するのも、自分には難しい事だと感じた。たぶんそのへんはみな各自で結論づけているのだろうと思う。だからそれについては特に言うことはない。俺はその夜必死になって被災者の無事を祈った。死者を悼み、重く祈った。熱狂的に祈ることが、自分には必要だったのだと思う。それでも、遠く離れた土地で祈ろうが被災者にはパンも与えることはないと、知っていたことだった。慎重に言葉を選んで日記を書かなければならない。

繰り返して書く。
被災され亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。被災された方へ、お見舞い申し上げます。

No.779|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/03/09(Wed)17:01

セン五スレに投下して評価されたのでここに再掲する。
ルールには違反していないので大丈夫だろう。

読点出土


ポリネシア人たちは
自らの故地を「ハワイキ」「アヴァイキ」などと呼ぶ
そこは
熟熟と塩とフォルマントが腐っている
あらゆる家畜が死に絶え
潮騒に洗われていき
鳥のような繊維も次第に
ほつれて
骨となり
化石となる

長い長い年月ののち
ミラネシアの島にアンパサンドが生まれた

孤島の森は熱帯性気候に富み
鬱蒼と繁った感嘆符と終止符に浸され
ざっとひらけたかと思うと
言葉が捻れてはちきれんばかりの果実
彼らは持ち去っていく
数限りないひとつづきのヴァース
漁師が頓号を焼いて食している

島々は海に浮かんでいるので
人間の空白は舞踏的である
トゥッイ
歌とドラミング
踊り字のもれなくひっきりなし
弱強格を踏み
手拍子は鳴り止まない
足はもつれることもない
叙述的なピリックがサモアをしとどに濡らして
万国旗がカノアに揺れている

(ニュー)カレドニア
文字の降る土地だ
新しい読点が出土したのも頷けた
その読点はしっぽがやや左に曲がっていたので
クレオールの呪術師によればそれが借用語彙だった
だから
真名に満ちている
magicの語源はペルシアの司祭を表すmagusに由来していて
やはり感染呪術である

アステリズムを補助している
星はそのようなもの
たしか
ギリシャ語で南回帰線と言っただろうと感じられる
燐鉱石がよく取れたナウル
陶器質のビジン語を発掘するソロモン
ココナッツはしばしば脚注より芽生えた
いずれ
帆掛け舟のようなポリオの夜
長音記号も掘り起こされたことだろう






見たら分かると思うけれども下の「ヘイセイ的ショーワウンケンソワカ」を土台にして書いた。最後の行が新奇に見えたからだ。幸い言語学の知識はあったので、いろいろ調べていく最中に、どうもポリネシアの島々の言語は言語学的にみても割と特異であることを知った。もともとのポリネシアの諸語は、オーストロネシア語族と呼ばれる台湾やマレーあたりを起源として持つ言語であったらしい。この時点でも十分に言語の伝播としては面白いのだが、さらに十数世紀の大航海時代においてこれらの島々は西欧諸国に征服されており、そこで今度は西欧諸国の言語との融合が起こった。西欧諸国の人間と会話をするために(主にビジネス的な理由で)英語やフランス語の語彙を借用した新しい言語を、人工的に作ったという。このような言語はいわゆるピジン語と呼ばれる。また、入植の人間との血縁的融合などの結果、その後を母語とする第二世代が生まれる。こうなるとピジン語ではなく、もはやクレオールと呼ばれる。未開部族の原初的生活という偏見に反して、ポリネシアの言語はひどく人工的なものだ。これが面白いと思った。一方で、ポリネシアでは(というかだいたいの非西欧において)西欧的ないわゆる合理的思考法が一般的でなかった。呪術の土地でもある。カーゴ・カルトなどを見れば分かる(あれは偏見だったとの見方もあるが)。彼らの思考体系は、彼らのうちでは合理的なのだが、単に語彙に乏しいので、どうしてもそういう呪術的用語を用いて説明せざるを得ないことが多い。野生の思考。比喩とブリコラージュの世界で、人工的なものがある、ということが非常に不思議で、だからこのような表現をした。出来ているかどうかはわからないけれども、いい勉強になった。

No.778|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/03/03(Thu)21:25

「気づかぬうちに不倫していた。誰も悪くなかったか、悪いとすれば俺と彼女だった。どちらが悪いのか考えていたけれども、結局悪人を見つけ出せれば自分が悪くないと主張できる、という事実に気づいてやめた。俺は彼女がほしいと強く思った。しかしそれを言えば男のほうだってそうだろう。」
「彼女に決めてもらうのも、間違っている気がする。それから、俺は、ようやく、彼女と相手の男のことを考えた。どんなものかの詳細はしらない。けれども多分男といて彼女は嬉しかったろうと思う。二人が過ごした時間の事を考える。その重みを理解したいと思い至る。」
「重みの軽重をはかる事はできない。けれども、そのぬくさや重さはわかる。どれほどのものか。きっと俺が別れなければならない。それらのものは彼女の為に必要なものだから。どうしてもそこから動けない。俺だって、と俺はいう。いっその事なら、単純に嫌いになってしまいたかった。」
「彼女を嫌いになることは俺にはできない!自分の思いが邪魔をしていた。一思いに人に投げつけて、たやすく砕いて欲しいと思った!「悪人を見つけ出せれば!」その感情は、俺は前もってやめたと決めていた。彼女と、別れるべきだ……」
「しかしどうして早くいってくれなかったんだ!言ってくれたら好きにもならなかった!相手の男も祝福できた!清々しい気分で祝福できたのに!なんでだよ……そのことが俺は辛い……」

などと思いついたのでネタ的に書いたあと、最終的には事実を謝罪し、不実を指摘し、それから必死で話を聞き理解して見せる。という方針を立てて向かった。思っていたより相手方が理解があり、まともな議論ができたので、なんだこれ拍子抜けだろ、とか思いつつ、まあそれなりに妥当なところへ落とす。色々思うところがあったので、相手方とコーヒー飲みに行ったりビッグマックのやけ食い大会したりする。なんだこれ、といった感だが、まあうまくやれそうな気がする。

No.777|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/03/01(Tue)19:12

合理的なやり方とか非合理的なやり方とか、ありうるのはだいたい読めた。どうなるかも大体わかった。もう俺に予測できるところは予測し尽くしたと思う。どれが妥当かもわかる。予想されるところの結論を実現しにいくだけの話だなと思う。この間の話の中にフラグがあったのを思い出したので、十中八九(それでも相当甘い予測)はふられるだろう。かなりどうでもいい感じになってきた。どうにでもなれ、って言うのさえかなり希望を持った言い回しだ、と思った。

No.776|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/02/28(Mon)04:26

「俺は彼女が好きだ」

俺は彼女が好きだ。そのように記述を与えた。それは確定的な記述と俺がみなすところの記述として与えたものだ。だから断固として与えてみせる。理解してみせる。許してみせる。彼女がどうしようが、彼女が望むなら、一切を許容する。自分よりも彼女を優先する。彼女のことを考える。彼女と共にあることを考える。俺が彼女と共にないところまで考える。その上で、彼女の求めることを与える。俺がどうなろうと知った事ではない。彼女が望むなら、俺が彼女を好きだという、それ自体をなかったことにしても構わない。消すなら消すでいい。けれど、俺は彼女が好きだ。それ以下では決してない。彼女が望まない限り、俺は確実に嫌いにはならない。無関係にもならない。彼女が説明する限り、俺は理解する。彼女がわからないことがあれば、俺は手助けをする。俺は俺だ。俺は彼女が望むなら彼女の傍にいなくてもいい。しかしもし俺がいなくても、彼女は彼女としてあって欲しい。それだけが希望だ。俺は彼女が好きだ。

俺は一輪だけ咲く花が好きだ。俺は街の屋根屋根からすいと伸びた一つの塔が好きだ。俺はしなやかに芯を潰す一本のシャープペンシルが好きだ。俺は一冊の本が好きだ。俺は一人の女の子が好きだ。彼女はそのようなものであって欲しいと思う。俺は信用する。彼女の強さを俺は信用する。彼女は自分で決めることのできる人間だと俺は思う。自分のしたいことを、自分で見つけられる人間だと思う。なぜなら俺が好きな子だからだ。そうでなければ俺が好きになるわけがない。彼女はできると俺が理解していなければ、俺が絶望的な愛を捧げるわけがないからだ。俺は彼女がしたいようにさせる。彼女が自分で決めたことをさせる。それは何人にも邪魔させない。ただ彼女の力が彼女の行先を決めると俺は信じる。彼女のしたいことを俺はさせる。俺にかかわりなく。

ただ、もしも彼女が望むのであれば、俺は彼女と共にいたい。俺は彼女が好きだ。

No.775|日記Comment(0)Trackback(0)

――

2011/02/26(Sat)23:58

異様に明晰に頭が冴えている。かなりキレているらしい。感じるべき感情よりもずっと速く直感がはじけて体を満たしている。凄まじい熱と震え。どうせこんなことだったろう、と染み込んだ思考形式を思った。想定はしていたので、実行するだけだな。しかしクールにやる必要がある。できそうな気はするけれども、明らかにブチ切れているので、とりあえず寝て落ち着けよう。

No.774|日記Comment(0)Trackback(0)