suzukigives

このブログは概念的にクソです。

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2015/06/21(Sun)00:44

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2010/02/07(Sun)14:43

とうとう雪が降った。

いつ寝ていつ起きてるのか分からない。昨日15時間寝たから大丈夫だろう。一日が48時間あるのに時計が一分に一つ進む。おかしい。腹が減った。数千円以上持っていると無駄遣いするので千円か二千円ずつ下ろすようにした。そのせいで頻繁に郵便局に通う。卒論が終わりそうで終わらない。何を書けばいいのか見当がつかないのはよく分からないことがあるから。豚肉を衣を着けて揚げたものの切り身を真ん中から食べる。教官が出張した。やばい。隣の席の男女二人組みが、マカオの賭博の話をしていた。一週間UFOの大盛りを食っていた。久しぶりにハイライトで食った。まずかった。女の人のイントネーションがすこし不可解だった。試験は何とか通る。水曜日に火を見てきた。中国人かもしれない。その夜雪がちらついた。自転車の速度をしていた。降ったら傘をさした。傘をさすと雪はすぐにやんだ。髪を切った。部屋の掃除をしたい。大根がにょきにょき生えていた。世界だ。吹き去っていった。寒かった。もうなにもせんでええで、と言った。お疲れ様と言った。絶え間ないのだった。すさまじい重さの雪だ。良く晴れている。火燵で一ヶ月ぐらい寝ていた。生きている。指先で歩いている。一人で歌ったり鏡を見たりした。体を壊さない。死んだ目で面白いとつぶやく。

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2010/01/27(Wed)00:25

ガス定数の値をど忘れしやがった。卒業できんのか俺!?

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2010/01/21(Thu)00:00

火曜は卒論の中間発表だった。ソフト類のノウハウがなかったので使い方を習熟するところからだ。データ処理、図表作成、計算類、スライドの文句。長かった。分かりにくく繊細な問題だったので噛み砕いて説明する必要があり、スライドはひどく手直しがあった。10日で9回あった。

頭をバリバリと掻く癖がある。ストレスがかかるとそうなる。頭は脂まみれ。

説明することが多すぎる。肝心な部分を大部分カットせざるを得なかった。発表する意味がないと思った。

発表は失敗した。少なくとも、俺は満足できなかった。

発表後の重要でないタスクは放置した。部室に行って横になったら気を失った。風呂に入れずに髪がぼろぼろになっていた。黄色と黒のかばんを何度か蹴りつけた。後輩が仕事してなかったから処置を考える必要があったけれど、それについて考える気力もない。俺の余裕がない。

火曜まで二週間あまり、人前でブチ切れたり、逃げ出したりしなかった、というだけでも結構なものだと思う。その代わり胃はぶっ壊れるわ眠れないわ涙はぼろぼろ出るわで心身よくはなかったけれども、まあ、筋違いにブチ切れるよりはましだわ。うん。どう考えても俺の不勉強から来てたからな。

あのクソ教授に足元見られたのは、大変腹立たしい。足元見られた質問に答えられなかったというのが非常に悔しい。教官らと話をして、まあ質問に対する回答、というのだけでなく、一般に使えるテンプレートを固めておく必要があると思う。

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2010/01/14(Thu)02:27

「最近エロゲで流行ったのってあったっけ?」という話題で後輩と話すなど。

あまり見当たらない→少なくともFateとかCLANADとかみたいな、誰でもやってるというものがないように思う→それなりの良作は出ているが、それなりである→
・DVDとかディスク媒体で出ている気がしない→DMMとかのダウンロード販売とかが発達したことか
・あとコミケとか二次創作ベースの作品のほうが流行っているように見える→その供給は量販店ではなくニコニコ動画→しかし昔のAIRとかが流行ったのは口コミだったのか→体感的には口コミだが考慮しやすいのはマスメディア→マーケティング方法が変化している→具体的には、テックジャイアンとかそういう紙媒体からテキストサイト、まとめサイトを経て、ニコニコに→その意味ではマーケティングの集約度・マスコミュニケーションの比重が変化したわけではない
・ではなぜ流行ったものがあまり見られないのか→というか販売モデルが「一発でかいの当てる」から「小粒でも数当てる」になっているのでは→泣かせゲーの影響がある→泣かせゲーは開発コストが高い上にそれほどうまくいくわけではない、またある程度育ったメーカーには固定客がついている実情→新規開拓ではなく既存の顧客をキープするという風な転換→新規開拓がますます難しくなる→新奇なものが現れにくい→ムーブメントにならない
・メーカーの顧客は以前発表されたゲームと同じ性質のゲームを期待していて、他のものを求めない→メーカー間の際を越えられない→市場全体で見ると、ジャンルの細分化が起っている
・細分化が過剰に進んだ土壌では、過剰洗練されたものはもう出尽くしたように感じられる→以前のような過剰洗練、例えば「うぐぅ」という科白が持っていたあまりにも白々しい異物感がない→それどころか、楽屋ネタに走る傾向があるように思える→それは洗練ではなく、単に切り売りを始めているとも言える→それよりも新奇なものは越境によって得られるだろう→ニコニコ動画のMADなどはそうといえるかもしれない
・このような越境はデータベース化された認識と関係があるのか→っていうかその認識必要なのか→やや疑わしい→なぜならいまだデータベース化されていないものが発掘されてMAD素材になったりしているから→新しい素材がデータベースになる機構が正直分かってないのではないか。


・あと浮世絵の話とか聞いた。琳派、蘭画、狩野派の話。

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2010/01/12(Tue)23:49

Winter Semester 1910-1911
Frege "Begriffsschrift I"
(カルナップによる講義ノート)

p24-26

"
There is a different between 3 > 2and 1001-998 > 2;in spite of the fact that 3 and (1001-998) have the same value,they have different senses. It is only by an investigation that we find out they are identical. The two sentences:

"The Morning Star is not luminous"
and
"The Evening Star is not luminous"
have different senses.The thought
"The Morning Star is the Evening Star"
is the result of a special insight; in contrast, the sentence:
"The Evening Star is the Evening Star"
is true in and of itself. The difference between the names thus corresponds to a difference between the senses. So a name does not just express the thing denoted. We distinguish,consequently,between the "meaning" and the "sense" of a proper name.

As the meaning of a sentence we must take the truth value:

word - sense - meaning
thought - ...is true

Truth is not,as everyday language suggests, a property of a thought, but something additional.

Truth cannot be defined as "correspondence of an idea with reality";since what is objective cannot be compared with what is subjective.Truth cannot be defined,analyzed,reduced. It is something simple, basic.

Our horizontal line stands for the following function:
――ξ:
・If I take as its argument the Truth,then the value of the function is the True.
・If I take as its argument the False or something that is neither true nor false,then the value of the function is the False.

Consequently: ――(――ξ)=――ξ.

sign:/ sense: /meaning:
proper name /s. of the n. /object
sentence / thought /truth value
concept words /s. of the c./concept
sentence in indirect speech//thought
"

フレーゲ1910-1911夏季セミナーは、フレーゲ流の記号(概念記法)を用いた一階述語理論の完成まで。論理記号は判断記号、否定、条件法、全称記号のみを定義、andやorは導出による。対象(object)、命題(proposition)を素朴に与えたことで後世の議論に影響を与える。固有名「明けの明星(フォスフォラス)」「宵の明星(ヘスペラス)」の例ではsense、meaningの比較をしている。フォスフォラス、ヘスペラスは固有名に関しての意味論で頻出する例になった。

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2010/01/09(Sat)18:51

なにも明日までに論文読んでデータ処理してスライド作れっつうときに風邪引かんでも。

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2010/01/06(Wed)01:12

ピーター・アクゼル「フレーゲ構造と命題、真理、集合の概念」土谷岳士訳

p16

(1)『基本法則』の構造には、ちょうど二つの命題、「真」と「偽」が入っている。「真」が唯一の真な命題である。
(2)『基本法則』の構造には、F1に入る命題関数で、水平線(horizontal stroke)なるものがある。この関数を対象aに適用すると、命題――aができ、これはaが真であるときには真となり、aが真以外の対象であるときには偽となる。よって水平線はこの図式を充たす。

水平線(horizontal stroke) いかなる対象aについても、――aは命題となり、

――aが真、iff aが真、となる。

(3)『基本法則』の構造は、¬、⊃、∀、=(注)を基本的な論理定項として持ち、残りの論理定項、∨、&、∃、は基本的なものたちから古典論理で普通になされるやり方で定義される。論理定項¬、⊃、∀、は水平線を内蔵させられている。たとえばフレーゲは¬ではなくてTを使い、これは両側に水平線を内蔵している、つまり「――」+「│」+「――」であると考える。フレーゲは⊃と∀についても同様の記法を使う。
このことは、以下のように強化された形の否定、含意、普遍量化図式を導く。

(略)

(4)『基本法則』では、APPを与えられたものとしては扱わない。その代わりに公理(Ⅴ)でλが一対一であると明示的に要請する。つまりF1に入るいかなる関数f、gについても

(λxf(x)=λxg(x))≡∀x(F(x)=g(x))が真である。

加えて『基本法則』では関数量化(function quantification)と確定記述(definite description)を使えるので、APP(b,a)をy∃f(b=λxf(x)&f(a)=y)(直感的には、F1に入るあるfについてb=λxf(x)かつf(a)=yとなるような唯一のyということ)と定義する。
すると(a∈b)は――APP(b,a)としても定義できるし、確定記述を使わずに直にy∃f(b=λxf(x)&f(a)=y)としても定義できる。どちらの定義でも(a∈b)は水平線を内蔵していて、包括公理図式が成り立つ上に、述定図式は次のような強化が成り立つ。

強い術定(strong prediction) いかなる対象a,bについても(a∈b)は命題となる。

フレーゲの致命的な過ちは(1)である。(1)が成り立つとすると、――aをa=(a=a)とすることで水平線を定義でき、この水平線を用いて¬、⊃、∀、∃を定義しなおして、強いほうの図式たちが成り立つように出来る。ラッセルのパラドクスは、水平線、強い否定、強い述定、どの図式からも導けることに注意してほしい。例えば、強い述定のほうではは命題関数となるので、{x│¬(x=x)}は集合となる。入れ替わりに、強い否定の下では<¬(x=x)│x>が命題関数になるので、{x│¬(x=x)}はやはり集合となる。終いに、水平線があれば<――(x∈x)│x>が命題関数となるので、{x│¬――(x∈x)}が集合となって、やはりラッセルのパラドクスが導ける。
わたしはフレーゲの誤りの本質が、このちょっと見には無害な水平線図式にあると確信している。この図式が行っていることこそ真理の内部定義なのだから。たる臼杵による対象言語とメタ言語の区別ならびに対象言語内での真理の定義不可能性の論証がある以上、われわれは警戒を怠ってはならないのである。……」

(注)入力都合上=としたが、論文中ではイコールの記号は=ではなく、=の上に時間微分のような点を付け加えたものになっている。以下現れる=の記号もすべて同様。

まさか何百件も意味なくタイトルとして記述していた――が、意味は違うとはいえ、フレーゲの記法として現れていて、しかもそれが近年怪しいと言うことが分かっているということが、大変おかしい。

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2010/01/03(Sun)17:52

賀正。
迎春。
謹賀新年。
謹んで初春のお慶びを申し上げます。
あけましておめでとうございます。

年末年始実家に帰った。
Kの具合を見、TとHと飲み会をして、それからひたすらお笑いを見た。

一年分は見た。

コムサで半額になっていたコートを買った。

今年は
・湯豆腐を食べる
・水族館に行く
・ジュリアン・グラック「アルゴールの城」を買う
を目標にする。

関西圏に住んでいる(はずの)叔父が菓子詰め合わせをくれた。いろいろな、クッキーなどの焼き菓子が一個一個袋詰めされているので、一個一個原材料などが書かれたラベルが貼ってあったのだけれど、「シトロンレザン」とか「パルミェ」とか、耳に覚えのない異国のイントネーションを持つ、不思議な名前だった。

異物感がある言葉、言葉以前の何か、音素の連なり。
惑星の名、熱帯の花の名、鳥の、深海魚の、紙の、文字の、いまだ発掘されたことのないラベルが、どこかで呼ばれること。これらが耳に沈んでは忘れられること。古い観察と認識が(それはわずかで微弱ながら切れることのない糸のような、瑞々しい張りで)連結されること。

「シトロンレザン」「パルミェ」「ラスク」「オレンジピール」「マドレーヌ」「ピスターシュフィナンシェ」「ダックワーズ」「レモンケーキ」「エンガティーナ」「フロランタン」「ガレット」「クロガネモチ」「ボダイジュ」「サリタエア・マグニフィカ」「オオベニゴウカン」「オオオニバス」「ツンバルギア・ヴォゲリアナ」「アンスリウム」「リユニア・オルソトリカ」「アグラオネス・ユンムタツム・プロウド・ブラクテアツム」「ナツメヤシ」「プラウネア・グランティナプス」「マホガニー」「インパチエンス」「アリストロキア」「ファレノプシス・ギガンテア」「パキポディウム・ラメレイ」「カトレア」「レリア」「オンシジウム」「リカステ」「アングレクム」「エランギス」「パフィオペディルム」「メセム属」

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2009/12/27(Sun)02:47

1:機械として
2:アイドルとして
3:音楽として

多くの立場をそれは含んでいるだろうけれど、とりあえず三つの音楽の立場を初音ミクは内包している。これを選んだ理由は、単に人の形をしているっぽいのでイメージがしやすいだろうと言うだけの話。

とりあえず趣味と人気曲を上げて大体のイメージを固めたいところ。100曲ぐらいあげたい。携帯される母。海の凝縮した緑。宇宙を響く不気味な歌声。

ミクだけでピックアップすると
「Ievan Polkka」「みっくみくにしてあげる」「恋するVOC@LOID」「ハジメテノオト」「celluloid」「えれくとりっく・えんじぇぅ」「初音ミクの消失」「メルト」「インカーネーション」「ストラトスフィア」「桜の雨」「チマミレア」「ジャガボンゴ」「具現てれび」「サイハテ」「恋は戦争」「ワールドイズマイン」「ツマンネ」「Package」「消えるメモリー」「ブライトワルト」「liquid metal」「7500」「VOiCE」「Melancoloid」「砂時計」「ブラック★ロックシューター」「時の終わり」「アイシンクアンシン」「Drain」「Hope」「ぺヤングだばぁ」「氷結のディスコ」「miktronica」「Love Love Nightmare」「CLAWL」「メコノプシス・ベトニキフォリア」「メービウス」「私はミーム」「春色の電車」「Big Happiness」「サウンド・ラボ」「チーターガール」「歌うことがない歌」「Song of Pixie」「SOU」「ハト」「2.5次元糸あつめワールド」「レモネード」「Tower of Sunz」「初音学校」「聞かせて」「パズル」「庇護祭」「ストライクザワールド」「StargezeR」「*ハロー、プラネット。」「Packed memoly in a small toy box」「postmodern」「Soundscaper」「パーフェクトマイノリティ」「またよろしく」「ワールドイズユアーズ」「あお」「私は人間じゃないから」「おてがみちょーだい」「Palila」「Silence」「Virgin Glory」「ミクラフトワーク」「初音ミクは歌うために生まれてきた」「わりばしおんな」「ぽっぴっぽー」「shiningray」「私が髪を切った理由」「LOL」「ドリー」「生命付ダッチワイフ」「machine muzik」「エレクトロエレジー」「Pusse Cafe」「沙今」「Tuonela」「ラプンツェル」「一輪の花」「my Brand New Love」「Parabola」「ワールドアウトサイド」「残照」「竹の子ディスコ」「乖離」「AWD」「ねむれないよる」「ハイブリッド幼女」「つまらない葬式」「インセクト・ラブ」

ほかのボカロ、UTAUもピックアップするなら「ココロ」「ほろびのうた」などは確実に入れるべき。



いつものとおり複数のストーリーを平行させる。これが単に数珠繋ぎになるだけではだめなので、これらを纏め上げる強い強制装置が必要で、それは一方で強烈に演劇を推奨する一方、著作権を売り渡さない彼女の図像とその声。通低音が鳴り響いていなければならない。

構造的にはたぶん、「ポリグラフ」と同じ構造になるんだろうな。しかしあれはすべての個々のキャラクターが通低音をどう聞くかという話になっていて、それはまったく同じレベルのアクションだった。今度はたとえば「アイドル」と「初音ミク」、「機械」と「人間」、「音楽」と「音声」の対立項が用意できるはず。今度は、それらの力点をうまく変えていかなければならない。たとえば最初のアイドルの項から導き出された演劇性と実体の区別というのは、機械と人間の対立を通過することで連続的に、そして最終的に音楽は音声へ取り込まれるのでは、という曖昧な見通し。

というかこれ複数のストーリーとして書く必要があるのだろうか。「キャラクター」をより深めていけばこの程度の話は導出できそうな気がする。というところで熟慮すべきだな。登場人物はどれぐらいが適切だろうか。3人で10から25ページ、というところを考えつつ、あまり面倒にならないようにすべき。

彼女は(彼女?)ひとつではない。同じ顔を持つ違う人物がいる。その「いる」「存在する」というところを配給するのはアーキテクチャ=作者の設定でいい。彼女らは同じ顔のものに、(さながら鏡に映ったものに語りかけるように)、話すだろうと思う。という風に、ある種の精神分析として語ることも出来る。だがドッペルゲンガーとして現れるそれを、彼女は認めなければならないし、半身の死と生を認めなければならないと思う、というのはあくまでも彼女が複数性に支配されているから。

どうあっても初音ミクの死、「初音ミク」の死、「初音ミクの死」の死は書かなければならない。だったら初音ミクの生、「初音ミク」の生、「初音ミクの生」の生も書かなければならないんじゃないのか?それらを乗り越える力がその機械にはあるように思う。

初音ミクの死と、「初音ミク」の死の、死の意味は異なる。前者は固有のキャラクターとして死ぬことでしかないが、後者は固有のキャラクター自体を殺している。もしかすると、抽象的な意味で堕胎させられている。

初音ミクのパーソナリティ、というもの。キャラクターが「自立する」のか「漂流する」のかというのは大事なところ。先ほどの三つに対応付ける必要性。
「初音ミクの死」と「「初音ミクの生」の生」、「「初音ミク」の死」と「「初音ミク」の生」、「「初音ミクの死」の死」と「初音ミクの生」は対応するのではないか。「オリジナル/コピー」である初音ミクと、「シュミラークル」である初音ミクは語義的にも対応している。さらにこれは「演技」の関係で考えることができるはずだ。

「キャラクター」/「登場人物」
「オリジナル」・「コピー」/「シュミラークル」
「演技」……「自立」/「漂流」

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まあかかねーかも知んない。

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